歴代上位に名を連ねる大横綱たちは、それぞれ異なる時代背景と強烈な個性を持って土俵に君臨しました。彼らがなぜこれほどまでに白星を重ねることができたのか、その記録の背景を紐解きます。
白鵬の優勝回数が45回という空前絶後の数字に達した要因は、卓越した柔軟性と立ち合いの駆け引き、そして怪我を最小限に抑える卓越した身体操作にありました。朝青龍の引退後は一人横綱として重圧を背負いながらも、徹底した体調管理で長年にわたりトップコンディションを維持し続けました。
一方、昭和の大横綱である大鵬の優勝記録(32回)は、「巨人・大鵬・卵焼き」という流行語が生まれるほどの社会的アイコンとなった象徴的な記録です。美しく豪快な左四つからの寄りを得意とし、2場所連続全勝優勝を3度も記録するなど、安定感において右に出る者はいませんでした。
そして「ウルフ」の愛称で国民的人気を博した千代の富士の記録(31回)は、脱臼癖を克服するために鍛え上げられた鋼の筋肉と、電光石火の上手投げが支えました。30歳を過ぎてから優勝を量産した息の長い活躍は、アスリートとしての肉体改造の先駆例とも評価されています。
また、平成の相撲ブームを牽引した貴乃花は優勝回数22回を誇り、右膝の大怪我を抱えながら武蔵丸を優勝決定戦で破った本割・決定戦のドラマは、いまなおファンの脳裏に鮮烈に焼き付いています。