大社という漢字の読み方には、一般的な音読みの「たいしゃ」と、古語に由来する訓読みの「おおやしろ」の2種類が存在します。
現代において全国の大社のほとんどは「たいしゃ」と読まれます(伏見稲荷大社=ふしみいなりたいしゃ、諏訪大社=すわたいしゃ、春日大社=かすがたいしゃ等)。しかし、島根県出雲市に鎮座する出雲大社の正式な社号の読み方は「いずもおおやしろ」です。学校教育や観光ガイド、地元メディアなどでは親しみを込めて「いずもたいしゃ」と呼ばれることが一般的ですが、神社本庁の登記名および出雲大社自らの正式呼称は「おおやしろ」と規定されています。
出雲大社が「おおやしろ」と呼ばれる背景には、日本神話に直結する深遠な歴史があります。『古事記』や『日本書紀』に描かれる「国譲り神話」において、国土を開拓した大国主大神(オオクニヌシノオオカミ)が、天照大御神の使者に統治権を譲る条件として「天つ神の御子が住まわれるような壮大な宮殿を造営してほしい」と要求しました。これによって建てられた破格の規模を誇る神殿こそが、原初の大社(おおやしろ)です。
平安時代の手引書『口遊(くちずさみ)』には、当時の建築物の高さを表す言葉として「雲太、和二、京三(出雲大社が一番、東大寺大仏殿が二番、平安京の大極殿が三番)」と記録されており、古代の出雲大社は本殿の高さが約48メートル(現在のビル15階相当)に達する巨大建築であったと伝えられています。この比類なき歴史と神話的起源を持つからこそ、出雲大社は現在も「おおやしろ」という最古の敬称を受け継ぎ続けています。