大森南朋を語る上で避けて通れないのが、芸術史にその名を刻む「大森家」という特異な出自です。父は、前衛舞踏集団「大駱駝艦」を主宰し、怪優としても世界的に知られる舞踏家・俳優の麿赤兒。そして実兄は、『まほろ駅前多田便利軒』『日日是好日』『タロウのバカ』など、人間の生と死、日常の機微を鋭利に切り取る映画監督の大森立嗣です。
一般的には「華麗なる芸能一家」と括られがちですが、幼少期の家庭環境は決して平穏無事なサラリーマン家庭とは異なっていました。父・麿赤兒は劇団の活動に没頭し、家庭を不在にすることが多く、両親は後に離婚。大森南朋自身、当時の特番インタビューや手記において「子どもの頃は父親が何をやっている人なのかよく分からず、近寄りがたい異様な存在だった」と率直に告白しています。
しかし、大人になり自身が表現の道を志すようになって初めて、父親が背負ってきた表現者としての孤独や凄絶な覚悟を理解したといいます。兄・大森立嗣の監督作品にも出演を重ねていますが、そこにあるのは安易な馴れ合いではなく、現場では「一人の監督と一人の俳優」として火花を散らすプロフェッショナリズムです。大森家の血脈は、特権として利用されたのではなく、乗り越えるべき巨大な壁として彼の骨肉となりました。