大津事件とは?ロシア皇太子襲撃の動機と司法の独立を守った真相に関する知りたいポイントを徹底的にまとめました。詳細を読もうことができます。

事件直後、松方正義首相、伊藤博文枢密院議長、井上馨、山田顕義司法大臣ら政府首脳は、「津田を死刑に処さなければロシア皇帝の怒りは収まらず、国家が滅びる」と確信しました。しかし、当時の旧刑法において、皇太子ニコライは「外国の要人」であり、適用可能な条文は一般人に対する「謀殺未遂罪(刑法292条)」でした。この罪の最高刑は無期徒刑(無期懲役)であり、未遂である以上は死刑にすることができませんでした。

そこで政府は、日本の天皇・皇后・皇太子に危害を加えた者を無条件で死刑とする「大逆罪(刑法116条)」を無理やり拡大解釈し、外国の皇太子にも適用して死刑判決を下すよう裁判官たちに猛烈な圧力をかけました。これに対し、大審院長・児島惟謙は「明文のない法律を無理に適用することは法治国家の自殺である」として断固拒否しました。

項目政府首脳(行政府)の主張児島惟謙・司法官の判断歴史的評価・法学的結論適用条文刑法116条(大逆罪)
天皇・皇族への危害規定を類推適用刑法292条(謀殺未遂罪)
一般人に対する殺人未遂を厳格適用罪刑法定主義(法律の類推解釈の禁止)を貫徹求刑・判決内容極刑(死刑)無期徒刑(無期懲役)法規通りの厳格な法執行が実現最優先事項国家の安全とロシアへの外交的配慮
(国家存続のためなら法を曲げる)大日本帝国憲法が定めた三権分立と法治主義
(司法権の独立死守)短期的な外交迎合より近代国家の信頼性を選択担当判事への働きかけ司法大臣らが「国家危急」を理由に死刑判決を強要・脅迫児島自らが大津へ赴き、7人の担当判事を個別に説得・激励政治権力からの独立を守った歴史的英断

1891年5月27日、大津地方裁判所で行われた特別法廷において、裁判長・提林(さげはし)研三をはじめとする判事団は、政府の凄まじい威嚇に屈することなく、津田三蔵に対し無期徒刑(謀殺未遂罪)の判決を言い渡しました。