取材に応じた民放関係者やドラマ制作に深く携わるプロデューサー陣は、一様に「低視聴率という言葉の一人歩き」に危機感を募らせる。かつてのように15%超えを狙う安全パイのキャスティングに終始していては、コンテンツとしての命脈が尽きる。だからこそ、時に酷評されるリスクを冒してでも表現の限界に挑む姿勢が必要なのだ。
現場の熱気は冷めていない。むしろ、リアルタイム視聴率という単一の物差しから解放されたことで、より自由でエッジの効いた作品づくりが可能になったと証言する関係者も多い。世帯数字の低下は、崩壊ではなく新たな進化への脱皮期間と捉えるべきかもしれない。