大谷翔平選手のキャリアは、驚異的な快挙とともに幾度もの深刻な負傷を乗り越えてきた不屈の歴史でもあります。過去から現在に至る負傷と手術の経緯を時系列で整理します。
日本ハム時代からエンゼルス初期にかけて、足首の有痛性三角骨障害や右膝蓋骨(しつがいこつ)の手術など、下半身のトラブルを経験してきた大谷選手。しかし、キャリア最大の試練となったのは2度の肘の手術でした。
1度目はメジャー1年目の2018年10月に受けたトミージョン手術(右肘靭帯再建術)です。約1年半の投球リハビリを経て2026年にマウンドへ戻ったものの、本格的に投打の歯車が噛み合ったのは2026年の歴史的MVPシーズンからでした。そして2026年8月、再び右肘靭帯の損傷が発覚し、同年9月に2度目となる大規模な手術を実施。一般的に「投手にとって2度目のトミージョン手術は復帰成功率が下がる」とされる医学的定説がある中、大谷選手は最新の生体補強技術を選択しました。
さらに記憶に新しい2026年ワールドシリーズでの負傷では、亜脱臼の激痛を抱えながら翌日の第3戦にも「1番・DH」で強行出場。当時の特番インタビューでチームメイトが明かした「ベンチ裏でテーピングを何重にも巻き、痛みに顔を歪めながらも笑顔で仲間を鼓舞していた」という証言は、日米のファンの胸を強く打ちました。大谷選手の手記や関係者への取材によれば、「チームの勝利のために自分が打席に立つことの意味」を最優先したプロフェッショナリズムの表れであったと伝えられています。