大東寿司を初めて口にする人が最も驚くのが、鼻に抜ける「ツン」とした刺激の正体がワサビではなく粉末を溶いた洋ガラシ(練りからし)であるという点です。なぜ日本伝統のワサビではなく、からしを使うのでしょうか。ネット上では「単なるアレンジ」といった憶測も散見されますが、その真相は極めて合理的かつ切実な生活の知恵に根ざしています。
結論から言えば、からしを使う理由は「寒冷で清らかな湧き水を好むワサビが、温暖な八丈島や絶海の孤島・南大東島では一切栽培できなかったため」です。冷蔵設備など存在しなかった明治時代、亜熱帯の気候下で魚の鮮度を維持することは死活問題でした。殺菌・防腐効果を持ち、粉末の状態で長期保存・輸送が可能な乾燥からしは、過酷な海洋環境を生き抜く開拓者たちにとって唯一無二の代替調味料だったのです。さらに、みりん醤油の強い甘辛さに対して、粉ワサビでは香りが負けてしまうのに対し、揮発性の高い洋ガラシの辛み成分(アリルイソチオシアネート)は濃厚なタレのコクをキリリと引き締める相乗効果を発揮しました。
ここで整理しておきたいのが、伊豆諸島各地の郷土寿司との系譜関係です。大東寿司と伊豆諸島・八丈島の「島寿司」、そして大島や新島などで知られる「べっこう寿司」は、親兄弟のような密接な関係にあります。
表から分かる通り、島寿司との違いの核心は「シャリの糖度」と「魚種」にあります。八丈島から伝播した技法をベースにしつつも、南大東島特有の製糖文化がシャリにさらなる甘みを与え、黒潮の恵みであるカマスサワラなどの身質に最適化された結果、大東寿司という固有のジャンルが確立されたのです。