大川隆法氏の波乱に満ちた生涯を読み解く上で欠かせないのが、複雑に枝分かれした家族構成と歴代妻の権力闘争である。大川氏の結婚歴は公式に2度あり、それぞれの妻が教団の発展期と成熟・混迷期というまったく異なるフェーズを担ってきた。
最初の妻である大川きょう子氏とは1988年に結婚。教団が宗教法人格を取得し、東京ドームでの大規模集会を成功させるなど急成長を遂げた1990年代、きょう子氏は「アフロディーテの生まれ変わり」と位置づけられ、教団副総裁として隆法氏に次ぐナンバーツーの地位を占めていた。二人の間には長男・宏洋氏、長女・咲也加氏、次男・真輝氏、三男・裕太氏、次女・愛香氏という5人の子供が誕生している。
しかし、2000年代後半から夫婦間の教義解釈や教団運営を巡る対立が深刻化し、2012年11月に協議離婚が成立した。教団側はきょう子氏を除名・永久追放処分とし、神格化されていた地位を剥奪した。その直後の2012年12月、大川隆法氏が電撃的に後妻として迎えたのが、当時27歳だった大川紫央氏である。
これにより、従来の「大川一族(血族)」による世襲体制に「若き後妻」という新たなファクターが割り込み、後の熾烈な後継者争いへと発展していく布石が打たれることとなった。