大阪植木市の真実:400年続く緑の伝統が今も生きる理由にまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。

大阪植木市のルーツは、江戸時代初期の1620年代に遡る。当時、豊臣秀吉による大坂城築城後の都市整備が進む中、武家屋敷や豪商の邸宅に庭園文化が花開いた。植木職人たちは河内地方(現在の東大阪市・八尾市周辺)で苗木を育て、定期的に大坂の町で市を開くようになったのが始まりだ。

特に住吉大社での植木市は、1688年(元禄元年)の記録に明確な記載がある。神社の境内で開かれることで、単なる商取引の場ではなく、信仰と生活が結びついた文化的イベントとして発展した。参拝客が神仏への感謝を込めて庭木や盆栽を購入し、自宅で育てる習慣が庶民にまで広がっていった。

明治時代に入ると、大阪は「東洋のマンチェスター」と呼ばれる工業都市へと変貌を遂げる。しかし植木市は途絶えることなく、むしろ都市化が進む中で「緑のオアシス」として重要性を増していった。戦前の記録によれば、1930年代には春と秋の植木市に毎回2万人以上が訪れたという。