怪人赤マントの正体とは?昭和の都市伝説の元ネタと噂の真相を徹底解明の疑問点について、専門知識を取りまとめてご紹介します。

長年にわたり検証が続けられているのが、「怪人赤マントに実在のモデルが存在したのか」という疑問です。ネット上やオカルトファンの間では、怪人赤マントの正体や怪人赤マントの元ネタ事件として、いくつかの凶悪事件が取り沙汰されてきました。

代表的な俗説として挙げられるのが、終戦直後の昭和23年(1948年)に東京都西多摩郡福生町(現・福生市)で発生した強盗殺人事件、通称「福生町赤マント事件」です。この事件では、犯人が赤色の布を頭から被って押し入ったと報じられたため、「これが赤マントの起源ではないか」と語られることがあります。しかし、時系列を精査すれば明らかな通り、赤マントの噂は戦前の昭和15年には既に猛威を振るっており、この事件が直接の発祥ではありません。

では、怪人赤マントの噂の真相はどこにあるのでしょうか。当時の文化的な影響として無視できないのが、昭和11年(1936年)から雑誌『少年倶楽部』で連載が始まった江戸川乱歩の代表作『怪人二十面相』の大ヒットです。黒マントを翻して変幻自在に暗躍する怪盗のビジュアルは、当時の子供たちに強烈なインパクトを与えました。このポピュラーカルチャーの記号と、時折世間を騒がせる辻斬りや変質者への警戒感が混ざり合い、「赤マント」という恐ろしい偶像が自然発生的に構築されたというのが、近代民俗学における最も有力な見解です。