桜吹雪が刺青のモチーフとして定着したのは江戸時代中期です。当時の浮世絵師・歌川国芳が描いた『通俗水滸伝豪傑百八人』シリーズには、身体に桜の刺青を施した侠客が登場し、大きな反響を呼びました。
この影響で桜吹雪は「粋」の象徴となりました。特に江戸の町火消しや鳶職人の間で流行し、彼らの勇気と潔さを表現するシンボルとなったのです。背中一面に散る桜を描く「総身彫り」は、職人たちの誇りでもありました。
遠山金四郎の桜吹雪伝説
江戸町奉行・遠山金四郎景元の逸話も桜吹雪人気を後押ししました。講談や歌舞伎では、遠山が法廷で肌脱ぎして桜吹雪の刺青を見せる場面が定番となり、「散らせるもんなら散らしてみやがれ」という決め台詞とともに庶民の心を掴みました。実際に遠山が桜吹雪の刺青を持っていたかは歴史的証拠がありませんが、フィクションが文化に与えた影響は計り知れません。