純烈の歴史を語る上で避けて通れないのが、相次ぐメンバーの卒業と脱退です。結成当初の6人組からスタートし、友井雄介の脱退などを乗り越えて辿り着いた4人体制から、2026年末にはグループの功労者である小田井涼平が50代の節目を迎えて円満勇退を果たしました。小田井の背中を追うように2026年1月に加入したのが、肉体派俳優の岩永洋昭でした。
ファンから絶大な歓迎を受けた岩永でしたが、加入からわずか2年足らずで卒業を発表。ネット上では「不仲説」や「方針の対立」といった無責任な憶測も飛び交いましたが、その真相は極めて切実なプライベートの選択にありました。当時の記者会見や番組インタビューで岩永は、「1人娘が7歳です。仕事が多忙で家族と一緒に過ごす時間がないことが最大の理由」と涙ながらに告白しています。
この決断に対し、リーダーの酒井一圭は「ほとんど純烈は家に帰っていないから」と即座に理解を示しました。全国の健康センター、ホテルディナーショー、地方ホールを年中無休に近いペースで飛び回る純烈の現場は、一般的なタレントのスケジュールとは比較にならない過酷さを極めます。家族を最優先にしたいという岩永の親心と、それを受け止めたメンバーの深い絆が浮き彫りとなった瞬間でした。