椎名桔平の若い頃が衝撃の美男子!青学サッカー部から現在まで

椎名桔平の若い頃が衝撃の美男子!青学サッカー部から現在まで

椎名桔平の若い頃が衝撃の美男子!青学サッカー部から現在までにまつわる最新トピックを分かりやすく発信ます。

1964年7月14日、三重県上野市(現・伊賀市)に生まれた椎名桔平(本名:岩城正剛 / いわき まさよし)。彼の原点は、徹底的に打ち込んだサッカーにありました。名門・三重県立上野高校時代には、卓越した身体能力と戦術眼を武器に三重県選抜として国民体育大会(国体)に出場するほどの実力を誇っていました。

スポーツ推薦ではなく一般入試で青山学院大学経営学部へ進学した後もサッカー部に所属。大学時代にスカウトを受けたことを機に芸能界への興味を抱き始めます。卒業を控えた時期、将来の進路として選んだのは安定したサラリーマン生活ではなく、親の反対を押し切って飛び込む厳しい俳優の道でした。

しかし、華やかな世界への門出とは裏腹に、現実は厳しい試練の連続でした。本名の「岩城正剛」名義で活動を始めた初期は、名優・寺田農の付き人兼運転手を務めながら、新宿のパブでの深夜アルバイトやトラック運転手などで食いつなぐ日々が約7年間も続きました。1986年に倉本聰監督の映画『時計 Adieu l'Hiver』で映画デビューを果たしたものの、すぐに主役級の仕事が舞い込むことはありませんでした。

転機となったのは20代後半、現在の芸名である「椎名桔平」への改名です。自らの甘いマスクに甘んじることなく、泥にまみれながら小劇場や端役で培った泥臭い演技経験が、のちのブレイクへとつながる確固たる表現力の土台となりました。

橋本 菜々子
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橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。