当時のジャニーズJr.内ユニットとして活動していたTravis Japanは、舞台『PLAYZONE』や『ジャニーズ・ワールド』、先輩グループの全国ツアーバックダンサーなど、年間の大半が過密なスケジュールで埋まっていました。そのような状況下で、いかにして名門大学の単位を落とさず、かつ難関資格まで取得できたのでしょうか。
当時のインタビューや関係者の証言によると、川島は「移動時間と待ち時間の完全なルーティン化」を自らに課していました。稽古場への電車内では常に参考書を開き、楽屋でも他のメンバーが談笑している傍らで講義の課題やレポート作成に没頭していたといいます。
「寝る時間を削って勉強することは美徳ではないが、目標を達成するために1分1秒を無駄にしない仕組みを作った」と語るように、スケジュール帳を15分刻みで管理。大学の講義には最前列で出席し、教授への積極的な質問を通じて講義時間内に内容を消化する徹底ぶりでした。子役時代に劇団四季『ライオンキング』のヤングシンバ役を務めるなど、幼少期からプロフェッショナルの世界に身を置いてきた経験が、強靭な自己規律と集中力を培ったと言えます。