沖縄におけるヒートゥー漁の歴史は古く、14世紀から15世紀の琉球王国時代にまで遡ります。当時の沖縄は台風の襲来が多く、農作物の収穫が不安定な過酷な環境でした。保冷技術のない時代、沿岸に群れで現れる体長2メートルから4メートル前後のマゴンドウやオキゴンドウ、カズハゴンドウといった小型鯨類は、島民にとって飢餓を救う天の恵みそのものでした。
名護湾で繰り広げられた「ピトゥ狩り(ヒートゥー追い込み漁)」は、地域の強い連帯感の象徴でもありました。見張り番がクジラの群れを発見すると、ドラや鐘を打ち鳴らして数百隻のサバニ(沖縄伝統の木造船)が一斉に出港。海面を櫂で激しく叩いて音を立て、浅瀬の入江へと群れを追い込む勇壮な光景は、明治・大正・昭和初期にかけて名護の名物行事として記録されています。
捕獲された肉は「ユイマール(相互扶助)」の精神に基づき、漁師だけでなく地域全世帯へ公平に配分されました。内臓から皮、脂身骨に至るまで一切の無駄なく活用され、塩漬けにして保存食としたり、脂を灯火用の燃料に利用したりするなど、島嶼環境を生き抜く知恵が凝縮されていたのです。