物語のクライマックス、刺客たちは明石藩の帰国ルートを遮断し、中山道の宿場町「落合宿」へと誘い込む。この作戦の肝は、御三家筆頭である尾張藩が「明石藩の通行を拒絶する」という超法規的措置をとった点にある。
当時の幕府の法において、他藩の行列を力ずくで止めることは宣戦布告に等しい。だが、当時の記録を精査すると、尾張藩内部で明石藩に対する激しい嫌悪感と警戒感があったことは間違いない。公式な記録には「通行阻止」の文字はないものの、当時の藩士の日記には、明石藩の動向を監視し、有事の際には即座に動員できるよう武器を準備していた記述が残されている。フィクションのような派手な封鎖はなかったにせよ、水面下での「通せんぼ」は極めて現実的な政治的圧力として機能していた。