巨大な影響力を誇る組織のリーダーでありながら、その私生活や家庭環境は長年にわたり一種のベールに包まれてきた。池田大作氏の家系図を紐解くと、父・子之吉と母・とみの間に生まれた8人兄弟の第5男という庶民的な出自に突き当たる。戦前の東京湾沿岸で海苔養殖業を手がけていた一家は、決して裕福とは言えない環境の中で、長兄の戦死など太平洋戦争の激動と痛みをダイレクトに経験した。
結婚後に築かれた自身の家庭においては、妻である池田香峯子夫人との間に3人の男子を授かった。長男の博正氏が幹部として公の場に立ち、次男の城久氏は若くして急逝、三男の尊弘氏もそれぞれの道を歩んだ。一般的な同族経営企業や一部の伝統的宗教団体のように世襲によってトップの座を直系尊属へ引き継がせる構造を採らなかった点は、この巨大組織における家系論を考える上で極めて特異な特徴と言える。しかし、組織の象徴としての「池田家」が持つ無形の存在感と求心力は、長年にわたり会員たちの間で不可侵の敬愛を集め続けてきた。