赤痢菌を発見した人は志賀潔!世界を救った軌跡とノーベル賞の真相【2026年最新解説】の注目されている理由を丁寧にまとめました。最新トレンドを一目で把握できます。

志賀潔が研究に没頭していた1890年代後半の日本は、まさに伝染病の地獄絵図でした。衛生環境が整っていなかった明治期、赤痢はコレラと並ぶ二大消化器感染症であり、1897年単年だけでも全国で患者数9万人超、死者2万2,000人以上、致死率20%超という凄惨なパンデミックを引き起こしていました。

赤痢の主な症状は、突然の激しい発熱に始まり、激甚なしぶり腹(裏急後重と呼ばれる便意の頻発)、そして粘血便(膿と血が混ざった便)を昼夜問わず排泄することにあります。患者は激しい下痢と脱水、衰弱によって短期間で命を落とし、特に体力のない乳幼児や高齢者にとっては確実な死を意味する恐怖の病でした。

当時の常識では、便の中に存在する膨大な種類の細菌から特定の病原菌をより分けることは干し草の山から1本の針を探すに等しいとされていました。そこで志賀は、極めて論理的かつ根気強いアプローチを採用します。彼は「もしある細菌が赤痢の真因であるなら、その菌は回復期の患者の血清に対して特異的な凝集反応(細菌同士が結合して沈殿する現象)を起こすはずだ」と仮説を立てました。

志賀は昼夜を分かたず、赤痢患者の病床と顕微鏡の間を往復し、36名もの赤痢患者の新鮮な粘液便から単離した細菌を一株ずつ培養しました。そして、患者の血清を混ぜ合わせるテストを何百回、何千回と繰り返したのです。志賀の自著『ある細菌学者の回想』などの一次記録によると、過酷を極める作業の中で志賀を支えたのは「自ら信ずるところ篤ければ、成果自ら到る」という揺るぎない信念でした。1897年11月、志賀はついに血清と強く反応して凝集する1種類のグラム陰性桿菌を発見。これこそが、世界初となる赤痢菌(現在の学名:Shigella dysenteriae)の特定でした。