2006年に公開され日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した映画『フラガール』。そこで描かれた熱狂と涙の人間ドラマは、単なるフィクションではなく、実際にいわき市で繰り広げられた常磐炭礦の命がけの事業転換劇に基づいています。
昭和30年代後半、エネルギー革命によって「黒いダイヤ」と呼ばれた石炭から中東の石油へと主役が交代し、日本三大炭鉱の一つであった常磐炭鉱は破滅的な斜陽期を迎えていました。数千人規模の鉱員とその家族が路頭に迷いかねない極限状況のなか、後に「奇跡の立役者」と呼ばれることになる常磐興産の創業者・中村豊(当時副社長)は、誰も思いつかない突拍子もない構想を打ち立てます。「日本人が一生に一度は行きたいと憧れるハワイを、この寒い東北の地に作ろう」というプランでした。
当時の中村の手記や関係者の証言録には、周囲からの強烈な反発と嘲笑の記録が生々しく残されています。「北国の山奥にハワイなど狂気の沙汰」「炭鉱夫に何ができる」と罵声を浴びせられながらも、中村には確たる科学的勝算がありました。それこそが、炭鉱採掘の最大の邪魔者として嫌われ続けていた毎分5トンを超える湯本温泉の高温湧出地下水です。坑内から絶え間なく湧き出す熱湯を冷却・循環させて大ドームを暖房し、巨大温水プールを満たすという逆転の発想でした。
そして、もう一つの奇跡がフラガールの誕生です。「素肌をさらして腰を振るなど破廉恥だ」と町中から猛反発を受けるなか、炭鉱夫の娘たちを集めて結成された「常磐音楽舞踊学院」。カレイナニ早川(劇中の平山まどかのモデル)の苛烈を極める指導のもと、裸足で泥臭く踊り続けた少女たちの誇りと意地が、やがて町全体の偏見を打ち破り、昭和41年1月15日のグランドオープンを迎えたのです。