通算成績では大きく負け越しているものの、日本とブラジルの対決には、日本サッカー史に燦然と輝く名シーンや痛烈な教訓となったゲームが数多く存在します。
マイアミの奇跡(1996年アトランタ五輪)
フル代表ではないものの、日本サッカー界最大の番狂わせとして世界を震撼させたのが1996年7月21日のアトランタ五輪初戦です。ロナウド、リバウド、ロベルト・カルロスらを擁するブラジルに対し、西野朗監督率いるU-23日本代表は防戦一方の展開を強いられました。しかし、守護神・川口能活の神がかり的なセーブ連発でゴールを許さず、後半27分に相手守備陣の連携ミスを突いて伊東輝悦が決勝ゴールを奪取。歴史的勝利を収めました。
ドイツW杯での玉田圭司の先制弾(2006年)
2006年ドイツワールドカップのグループステージ第3戦。勝利が絶対条件だったジーコジャパンは、前半34分にアレックスのパスから玉田圭司が豪快な左足シュートを突き刺し、王者から値千金の先制ゴールを奪います。一時はスタジアムを熱狂の渦に巻き込んだものの、その後ロナウドの2発などで4失点を喫して逆転負け。王国の本気と底力を世界中が見せつけられた伝説の一戦です。
国立を揺るがした2026年の肉薄劇
2026年6月、雨の国立競技場で行われたキリンチャレンジカップでは、森保ジャパンが強固な守備組織を構築。ブラジルの猛攻を耐え抜き、ゴールを割らせない時間が続きました。最終的には後半32分のネイマールのPKによる0-1で惜敗したものの、組織的な守備対応と粘り強さで世界トップと堂々渡り合える手応えを掴んだゲームとなりました。