ボルトのレース映像を観戦した多くのファンは、「60メートル以降、ボルトがギアを一段上げてロケットのように再加速している」という印象を抱きます。しかし、これは人間の視覚が引き起こす代表的な認知バイアス(錯覚)です。
運動生理学上、どれほど優れた人類であっても、100メートル走のラスト30メートルで加速し続けることは不可能です。筋グリコーゲンやクレアチンリン酸による無酸素エネルギー供給は数秒で枯渇し、神経系の伝達スピードも低下するため、すべての選手は必ず後半に失速(減速)します。
ボルトも例外ではなく、ピークの時速44.72kmをマークした後はわずかに減速していました。それにもかかわらず独走して見える真相は、「競合選手たちの失速幅よりも、ボルトの失速幅が極端に小さかった」という事実にあります。ライバルたちが80メートル以降で時速41キロ台まで一気に失速する中、ボルトは時速43キロ台後半の高水準をフィニッシュ直前まで粘り強く維持していました。「他者が強く減速する中で、自分だけが減速しない」ために、視覚上はまるで後ろから強烈に加速して置き去りにしているように錯覚するのです。
また、ネット上では「ボルトは動物と比べるとどれくらい速いのか?」「チーターと競争したらどうなる?」という比較議論が度々話題にのぼります。陸上最速の動物であるチーターは瞬間最高速度が時速100〜120kmに達し、わずか3秒で時速100kmに到達するため、生物学的な比較では人間は到底歯が立ちません。しかし、日本の原動機付自転車(原付)の法定速度(時速30km)を大きく凌駕し、住宅街の一般的な制限速度である時速40kmの道路標識を「自身の生身の足」で軽々とオーバーしているという事実は、現代の人間工学から見ても極めて衝撃的な現実と言えます。