波田陽区が福岡への拠点移行を決断したのは2016年春のことでした。ブレイクのピークが過ぎ去り、東京での仕事が激減していた時期、所属事務所であるワタナベエンターテインメント九州事業本部から「九州で腰を据えて勝負してみないか」と打診を受けたことが大きな契機となりました。
当時、東京にしがみついて単発のバラエティ番組に時折呼ばれるだけの生活に限界を感じていた彼は、山口県下関市出身という九州に近いルーツも手伝い、単身赴任ではなく家族全員での完全移住を決断します。
「必要としてくれる場所で全力の汗を流したい」という本人の覚悟に加え、妻からも「環境を変えて再スタートを切ろう」と力強く背中を押されたことが、ローカルタレントへの転身を成功させる決定的な原動力となりました。