この歴史的マスターピースが生まれた背景には、プロデューサーであるクインシー・ジョーンズの先見の明と、アルバムスリラー制作秘話に彩られた数々のドラマがありました。マイケルジャクソンの名曲経緯を語る上で欠かせないのが、クインシーがマイケルに投げかけたあるリクエストです。
当時、すでにモータウンやディスコシーンの寵児だったマイケルに対し、クインシーは「白人のロックファンをも熱狂させる、ブラック・サバスのような真のロックソングが必要だ」と進言しました。R&B畑にいたマイケルにとって未知の領域でしたが、彼は自室にこもり、床を激しく叩いてリズムを取りながら、驚くべき短時間で『Beat It』のメロディと骨格を完成させました。
そして、この楽曲をロック史の金字塔へと決定づけたのが、ハードロックバンド「ヴァン・ヘイレン」の天才ギタリスト、エディヴァンヘイレンのギターソロです。プロデューサーのクインシーがエディの自宅に直接電話をかけた際、エディは最初いたずら電話だと思い込んで放送禁止用語を叫んで電話を切ったという逸話はファンの間で今も語り継がれています。
後日、本物だと分かりスタジオに駆けつけたエディは、わずか30分足らずで即興のギターソロを録音しました。バンドのマネジメントにも無断で、クレジットの表記やギャラを一切要求せず、「ただクインシーとマイケルの力になりたかった」とノーギャラで弾き倒したソロは、あまりの音圧と過激さにスタジオのモニタースピーカーから煙が上がったという伝説すら残されています。このギターソロがあったからこそ、白人のロック少年たちは初めて黒人ポップスターのレコードを手に取り、人種の垣根を超えてひとつになったのです。
さらにMVの現場では、マイケルの信念が命がけで実践されました。ロサンゼルスの危険地帯を牛耳っていた対立ストリートギャング(クリップスとブラッズの関係者たち)をノーガードで撮影スタジオに集め、警備員すら介入させない緊迫した状況下で、彼らにステップを踏ませました。ナイフを構え合っていた本物の不良たちが、マイケルのダンスに圧倒され、最後には全員が揃ってステップを踏み出すシーンは、やらせ無しの「奇跡の和解」としてカルチャー史に刻まれています。