戦端が開かれると、周到に準備された鉄道網と近代的な砲兵火力を駆使するプロイセン軍が電光石火の進撃を見せる。対するフランス軍は動員の遅れと指揮系統の混乱から後退を重ね、1870年9月、国境付近の要衝でセダンの戦いが勃発した。
プロイセン軍に包囲されたフランス軍は壊滅的打撃を受け、ナポレオン3世自らが白旗を掲げて降伏。一国の最高権力者が前線で捕虜となる前代未聞の事態に、パリ市民は激昂した。瞬く間に帝政は瓦解し、臨時国防政府による第三共和政が樹立されたものの、戦局の暗転を止める術は残されていなかった。