「丙午(ひのえうま)の女性は気性が荒く、夫の寿命を縮める」という言い伝えは、江戸時代初期に発生した俗説に端を発しています。十干の「丙(ひのえ)」と十二支の「午(うま)」は、どちらも五行思想において「火」の強い性質を帯びており、火が重なることで災いが起きやすいと結びつけられました。
この迷信を決定的に広めたのが、浄瑠璃や歌舞伎の演目として知られる「八百屋お七」の物語です。恋人に会いたい一心で放火事件を起こしたとされるお七が1666年の丙午生まれと流布されたことで、民衆の間に根強い偏見が刷り込まれていきました。
近代に入ってもその影響は払拭されず、1966年の出生数は約136万人と、前年の約182万人から46万人以上も急減しました。親世代が娘の将来的な婚姻への影響を恐れて出産を避けた結果でしたが、現代の統計や社会学においてこの迷信に科学的根拠が一切ないことは明白です。