大分県内には数百を超えるとり天提供店が存在しますが、その頂点として君臨し続けるのが別府 東洋軒 とり天です。なぜこれほどまでに別格の支持を集めるのか、その歴史的背景と調理工学的なアプローチから大分とり天発祥 理由を紐解きます。
大正15年、当時の宮内省御用達料理長を務めた創業者・宮本四郎氏が別府の地に開いた西洋・中華料理店が東洋軒の始まりでした。当時、鶏肉といえば骨付き肉が主流で肉質も硬く、女性や年配客が食べるのに苦労していました。そこで宮本氏は「骨のない柔らかな鶏もも肉を一口大にカットし、中華料理の技法である天ぷら風の衣で包んで揚げる」という全く新しい調理法を開発。「鶏ノカマボコ揚(のちに鶏ノ天麩羅)」と名づけられたこの料理こそが、現代に受け継がれるとり天の原点です。
一般的な鶏の唐揚げとの決定的な違いは、「衣の構成」と「下味の設計」にあります。東洋軒のとり天は、水を一切使わず新鮮な鶏卵・特製醤油・小麦粉・片栗粉のみで練り上げた特製衣を纏わせています。100%植物油で職人が油の温度を見極めながら二度揚げすることで、外側はサクッと軽く、内部は肉汁を閉じ込めた極上のふんわり食感を実現。さらに、大分県産かぼすを使用した特製酢醤油と練り辛子を合わせることで、揚げ物特有の重さを感じさせず、最後の一口まで爽快に食べ切ることができます。