昭和の終わりとともに、隆盛を極めた親衛隊は急速にその勢力を縮小させていきます。多くの組織が姿を消した親衛隊の解散理由には、芸能界と社会の構造的な変化が深く関係していました。
最大の転換点は、テレビ局やコンサート主催者による警備の厳格化と排除の動きです。特攻服や長ランでの入場規制、私設応援団による座席の占拠や泊まり込みの全面禁止など、運営側によるコントロールが強化されました。さらに、芸能事務所が主導する昭和アイドルの公式ファンクラブが整備され、チケット販売や観覧席の割り当てが一元管理されたことで、私設応援団が独自に現場を仕切る余地が奪われていったのです。
加えて、1980年代末期から1990年代初頭にかけて訪れた「アイドル冬の時代」や、生放送歌番組(『ザ・ベストテン』『夜のヒットスタジオ』など)の相次ぐ終了が決定打となりました。アイドルの主戦場がテレビからライブハウスや個別イベントへと移行し、組織的な集団応援を必要とするプラットフォームそのものが消失したことで、親衛隊はその歴史的使命を終えることとなりました。