本橋麻里の現在と知られざる激動人生|夫や子供との絆とロコ・ソラーレの真実の注目されている理由を丁寧にまとめました。全体像を一目で把握できます。

本橋麻里が歩んできたキャリアは、日本の女子カーリング界の歴史そのものです。12歳でカーリングを始め、名門「チーム青森」の中心選手として2006年トリノ五輪(7位入賞)、2010年バンクーバー五輪(8位入賞)に連続出場。愛らしいルックスと氷上での真摯な眼差しから「マリリン」の愛称で社会現象を巻き起こし、若い頃の写真集やDVDが発売されるほどのアイドル的人気を博しました。

しかし、バンクーバー五輪終了後の2010年夏、彼女は大きな決断を下します。安定した環境を捨て、生まれ故郷である北海道北見市常呂町に戻り、自らの手で新チーム「ロコ・ソラーレ」を結成したのです。

年代・大会所属・主な役職主な実績・役割チーム状況と背景2006年 トリノ五輪チーム青森(セカンド)7位入賞(日本中が熱狂)「マリリン旋風」が巻き起こりカーリングの知名度が飛躍2010年 バンクーバー五輪チーム青森(セカンド)8位入賞大会後、地元還元と理想の環境を求めチーム青森を離脱2010年〜2017年ロコ・ソラーレ創設・スキップ日本選手権初優勝(2016)地元企業を駆け回りスポンサー獲得。選手雇用口を開拓2018年 平昌五輪ロコ・ソラーレ(リザーブ)銅メダル獲得(五輪初)キャプテン・裏方として選手を鼓舞し「もぐもぐタイム」も話題に2026年 北京五輪ロコ・ソラーレ(代表理事)銀メダル獲得(最高位更新)現地マネジメントとテレビ解説でチーム・大会を完全支援2026年 現在代表理事・解説者・指導者次世代育成・地域振興・解説持続可能なクラブ経営モデルを確立し、多方面でリーダーシップを発揮

ロコ・ソラーレ結成当初はスポンサーもなく、本橋自身がスーツを着て地元の企業や農協・漁協を一軒ずつ回り頭を下げて回る日々でした。資金繰りに奔走しながら選手たちの職場を確保し、専用リンクを整備していった不屈の歴史が、今日のメダル獲得の土台となっています。