葛飾北斎という巨大な才能のすぐ隣で、共に筆を握り続けたお栄。「応為」という画号は、北斎が「いーい、いーい(応い、応い)」と彼女を呼んでいたことに由来するという微笑ましい逸話が残る。だが、二人の関係は単なる親子の域を遥かに超えていた。酒も煙草も嗜み、家事は一切せず、ひたすら画業に没頭する。実生活におけるその破天荒な振る舞いは、父である北斎すらも辟易させるほどだったと伝えられている。
しかし、ひとたび筆を握れば、その描写力は圧巻だった。北斎自身が「美人画にかけては応為に及ばない」と脱帽したという記述が残るように、彼女の描く女性の肌や着物の質感、そして暗闇を照らす明かりのリアリティは群を抜いている。西洋の「光の巨匠」になぞらえ、「江戸のレンブラント」と称される理由はそこにある。