Q1:北勝海と千代の富士の本場所での対戦成績はどうなっていますか?
A1:大相撲の規定により同部屋力士同士は本割(通常取組)で対戦しないため、本割での対戦成績は0勝0敗です。ただし、1989年7月場所で12勝3敗同士による「優勝決定戦」が行われ、千代の富士が寄り倒しで勝利しています。これが両横綱の生涯唯一の公式対戦です。
Q2:二人の間に不仲説や確執があったとされるのはなぜですか?
A2:北勝海が九重部屋から八角部屋を独立させたことや、相撲協会の役員選挙において異なる路線を歩んだことから、メディア等で不仲と書き立てられたことが発端です。しかし実際には、部屋継承における角界の通例に従った独立であり、個人的な確執ではなくプロとしての立場を全うした結果でした。
Q3:八角部屋が九重部屋から独立した決定的な理由は何ですか?
A3:師匠の北の富士が九重部屋の看板横綱であった千代の富士に部屋を継承させることが決まっていたためです。ひとつの部屋に師匠は一人のみであるため、横綱に登り詰めた北勝海が独立して新部屋(八角部屋)を構えるのは、角界において正当かつ自然な栄転の独立でした。
Q4:千代の富士が亡くなった際、北勝海(八角理事長)はどのような様子でしたか?
A4:2016年に千代の富士(享年61、死因は膵臓がん)が逝去した際、八角理事長は会見で大粒の涙を流し、「今の自分があるのはすべて横綱のおかげ。最大の目標であり憧れだった」と声を詰まらせて語りました。この姿により、長年の不仲説が単なる外野の憶測であったことが広く認知されました。