「ドスン、という重い音が聞こえて窓の外を見たら、庭の家庭菜園に黒い塊がいたんです」
札幌市郊外に住む主婦は、当時の恐怖をそう語る。かつてヒグマといえば、人間を警戒し、気配を感じれば森の奥深くへと姿を消す存在だった。しかし、近年の動向は明らかに異なる。人を恐れず、昼間から白石区や清田区といった住宅密集中まで堂々と踏み込んでくる個体が相次いで確認されているのだ。
日本におけるヒグマ研究の第一人者であり、長年にわたりその生態を分析してきた北海道野生生物研究所の門崎允秀博士は、この現象に対して警鐘を鳴らす。かつて奥山で生息していた個体群の一部が、人間の生活圏周辺に定着し「都市型ヒグマ」化しているというのだ。人間の出す生ゴミの匂いや、放置された果樹の甘味を「手軽な栄養源」として学習した結果、人間に対する警戒心よりも食欲と利便性が上回ってしまう。この生態的シフトこそが、市街地侵入の最大の引き金となっている。