北海道時計台「がっかり名所」の真相と2026年最新の見どころ徹底解説にまつわる役立つ知識を詳しく紐解きます。

札幌市時計台の正式名称は「旧札幌農学校演武場」です。明治11年(1878年)、北海道大学の前身である札幌農学校の生徒たちの兵式訓練や入学式・卒業式を執り行う講堂(武芸練習場)として建設されました。この計画を強く推し進めたのが、「少年よ、大志を抱け(Boys, be ambitious!)」の言葉で知られる初代教頭ウィリアム・S・クラーク博士です。

博士自身は演武場の完成を見ることなく帰国しましたが、その基本構想は第2代教頭のウィリアム・ホイーラーに引き継がれ、アメリカ開拓期の風堂々たるバルーンフレーム構造(木造建築工法)を用いて形作られました。明治14年(1881年)には、当時の開拓使長官・黒田清隆の指示により、アメリカ・ボストンのE.ハワード社製の機械式塔時計が設置され、現在親しまれている時計台の姿が完成しました。

特筆すべきは、現在も動力の重錘(おもり)巻き上げを手作業で行い、明治時代と同じ機械で動き続けている日本最古の塔時計である点です。電波時計やデジタル制御が当たり前となった現代において、木製の歯車と振り子が時を刻み、毎正時(0分)になると鐘を鳴らして街に時を知らせます。この札幌時計台の鐘の音の時間に立ち会うと、1時なら1回、12時なら12回と、澄んだ澄明な音が札幌の空に響き渡り、思わず足を止めて聴き入る旅人も少なくありません。