宝塚史上最大の悲劇・香月弘美セリ事故の真相と安全対策の全貌に関する最新のニュースを分かりやすく解説します。最新情報を求める方は必見です。

1958年4月1日、宝塚大劇場で行われていた花組・月組合同公演『春の踊り(花と美女のまつり)』の開演中、日本の舞台史上最も痛ましい事故が発生しました。午後6時過ぎ、第12場「花に恋する美女」から第13場「ボレロ」への場面転換の最中、宝塚歌劇団月組に所属していた香月弘美(本名:小笠原弘恵、享年21歳)さんが、舞台装置の「セリ(迫り)」に巻き込まれたのです。

当時の報道各社の取材データおよび警察の現場検証記録によると、香月さんは円形に広がるフープスカート(張骨入りのドレス)を着用し、オーケストラピット付近のセリの上でスタンバイしていました。合図とともにセリが下降を開始した瞬間、ドレスを支えていた金属ワイヤーがセリの昇降レールと床のわずかな隙間に挟まり込みました。

ワイヤーは強力な油圧巻き上げ機によって引き込まれ、香月さんの身体を一瞬にして狭い隙間へと引きずり落としました。周囲の舞台スタッフが非常停止ボタンを押す間もなく、腰部を挟まれた彼女はほぼ即死の状態(胴体切断の重傷)となり、公演は即座に中止。華やかだった大劇場の客席は一瞬にして阿鼻叫喚の混乱に包まれました。