坂口氏の強靭なメンタリティと卓越した身体能力の原点は、高校野球の強豪・神戸国際大学附属高等学校時代に培われました。高校時代は俊足強打の外野手としてだけでなく、最速140キロ台中盤を誇るチームの絶対的エース投手としても君臨していました。
2001年春の選抜高等学校野球大会(第73回センバツ)では、エース兼中堅手として同校を甲子園初出場へと導く立役者となります。投打両面で非凡な才能を見せつけるその姿は、関西圏の高校球界で大きな注目を集めました。
投球フォームで見せる体のしなやかさ、天性のバットコントロール、そして何よりピンチでも動じない勝負度胸に惚れ込んだのが、大阪近鉄バファローズのスカウト陣でした。投手ではなく「打者・外野手」として将来性を見出され、2002年のドラフト会議で1巡目指名を受けてプロの扉を開くことになります。高校時代に培った泥臭い練習量と基本技術が、その後の20年にわたるプロ生活を支える頑丈な土台となりました。