板東英二がゆで卵をこよなく愛する理由は、単なる味の好みにとどまりません。その原点は、第二次世界大戦末期から戦後にかけての過酷な幼少期の引き揚げ体験にあります。
旧満州(現在の中国東北部)で生まれた板東は、敗戦に伴い過酷な避難生活を経て日本へ引き揚げてきました。徳島での少年時代は極度の貧困状態にあり、白米すら満足に口にできない日々が続きます。そんな極限状態の中で、たまに手に入った卵はまさに「命を救う最高のご馳走」でした。
板東英二がなぜ好きなのかを語る際、必ず口にするのが「お袋が茹でてくれた温かい卵の味」です。茹でるだけで日持ちし、タンパク質が凝縮されたゆで卵は、飢えと寒さに苦しんだ少年時代の彼にとって、生きるエネルギーそのものでした。その後、プロ野球選手として甲子園での奪三振記録(83個)を樹立し、プロの第一線へ登りつめる原動力にもなったのです。