伝統芸能の世界において、「八右衛門」の名を不朽のものとしたのが歌舞伎の名作『恋飛脚大和往来(こいびきゃくやまとおうらい)』の「封印切(ふういんきり)」に登場する「丹波屋八右衛門」です。江戸・上方の町人社会を舞台にした本作において、八右衛門は主人公・亀屋忠兵衛の親友でありながら、物語の運命を決定づける極めて重要な役割を果たします。
劇中における八右衛門は、単なる悪役や嫌味な金持ちとして描かれるわけではありません。廓の座敷で忠兵衛の経済的困窮を見抜き、友人を破滅から救おうとする忠告と、男の意地がぶつかり合う複雑な心理描写が求められる屈指の名役です。当代の一流歌舞伎俳優たちがこの丹波屋八右衛門を演じる際、舞台上のわずかな視線の揺らぎや台詞の間(ま)に宿る人間味は、時代を超えて観客の心を揺さぶり続けています。
人間関係の力学や意地の張り合いという普遍的なテーマを内包しているからこそ、丹波屋八右衛門の経歴と立ち振る舞いは、現代の心理劇としても高い評価を獲得しています。