本作のメガホンをとった是枝裕和は、これまでのヒューマンドラマで培ってきた繊細な演出力を、まったく異なるジャンルへと大胆に注ぎ込んだ。それが、緻密に張り巡らされた伏線と人間の深淵を暴く本格サスペンス・ミステリーへの挑戦である。
単なる謎解きにとどまらず、社会の暗部に潜む構造的暴力と、個人の内なる罪悪感を鮮烈に浮かび上がらせる筆致は圧巻だ。日常の些細な会話の裏に恐ろしい真実が潜み、観客は気付かぬうちに迷宮へと引きずり込まれる。巨匠が長年温めてきたこの新境地は、ジャンル映画の境界線を軽々と超え、観る者の倫理観を真正面から揺さぶり続ける。