強行突入の日となった1972年2月28日、警察首脳陣が投入したのが重さ数トンの鉄球をクレーン車で山荘の外壁にぶつける「鉄球作戦」だった。この前代未聞の作戦を指揮した警視庁の危機管理のキーマンこそ、長野県警救援部隊の現場指揮官として派遣された佐々淳行氏である。建物を破壊して警察隊の突入口を開けるという大胆な戦術は、テレビの生中継画面を通じて日本中を驚愕させた。
しかし、その華々しい作戦の裏側では、警視庁と地元・長野県警との間で激しい指揮権争いや見解の相違が渦巻いていた。自尊心と組織の縦割り構造が交錯する中、人質救出という第一目標のために佐々淳行をはじめとする現場指揮官たちが苦渋の決断を重ねた歴史は、現代の危機管理組織にとっても極めて重い教訓を残している。