首里城の歴史的ルーツを紐解く際、絶対にはずせないキーパーソンが、琉球王国を統一した尚巴志である。15世紀初頭、三山時代と呼ばれた激しい割拠を終わらせて統一王朝を打ち立てた彼は、この首里の丘を王国の中心地に据え、城郭整備の礎を築いた。その後、15世紀末から16世紀にかけて即位した尚真王の時代に、城壁の拡張や正殿の装飾が一気に拡充され、琉球王国はアジア諸国との中継貿易によって空前の黄金期を謳歌することとなる。
中国や日本、東南アジアとの盛んな交流を通じて醸成された琉球独自の美意識は、正殿に立ち並ぶ龍柱の彫刻や鮮やかな屋根瓦の配置に色濃く映し出されている。王権の誇り高き象徴であり、異国からの使節をもてなす宴の場でもあった城塞は、過去に幾度もの火災や戦禍を経験しながらも、そのたびに不死鳥のごとく蘇ってきた歴史を持つ。