フィギュアスケート界で彼女が残した足跡を辿ると、ロシアという国との深い結びつきが浮かび上がる。これが国籍をめぐる混乱に拍車をかけた一因だ。
かつて世界屈指の名指導者として知られたニコライ・モロゾフ氏に師事した際、彼女はトレーニング拠点をロシア・モスクワへ移した。厳しい気候と異文化の中で己を研ぎ澄まし、世界王座へと駆け上がった日々。現地のリンクでロシア語を交えながら指導を受け、ロシアのメディアにも頻繁に登場した姿は、当時のファンに強い印象を残した。
異国の地で孤高の戦いを繰り広げたプロフェッショナリズムが、いつしか「ロシアとの二重国籍」「ロシア国籍の取得」という極端な飛躍へと転化してしまった。卓越した適応力と国際感覚の豊かさが、皮肉にも事実無根の噂を増幅させる材料となってしまった格好だ。