政治史に名を刻む岸信介と佐藤栄作ですが、「なぜ実の兄弟なのに苗字が違うのか」という疑問を持つ読者も少なくありません。その理由は、当時の名家における養子縁組の慣習にあります。
2人は山口県田布施町の佐藤秀助・さよ夫妻の間に生まれました。長男が市郎(海軍中将)、次男が信介、三男が栄作という3兄弟です。次男の信介は、中学校卒業後に母・さよの実家である岸家の養子となりました。岸家の跡取りがいなかったことから家名を継ぐための養子縁組でしたが、血縁上は佐藤栄作の実兄にあたります。
後に岸信介は東京帝国大学法学部を首席で卒業して商工省(現・経済産業省)のトップへ登り詰め、「昭和の妖怪」と称される政治力を発揮して日米安全保障条約の改定を成し遂げました。一方、実弟の佐藤栄作も運輸次官を経て政界入りし、沖縄返還の実現と非核三原則の提唱によりアジアで初となるノーベル平和賞を受賞しています。実の兄弟が相次いで政権を担い、日本の針路を決定づけた歴史的事実は、世界的に見ても極めて稀有な事例です。