多くの飼い主が陥る最大の罠は、この異常行動を「反抗期」や「支配性(アルファシンドローム)」による単なる噛み癖と混同してしまうことです。ネット上の古いドッグトレーニング論を信じ込み、「主従関係を叩き込むために力でねじ伏せる」「仰向けにして押さえつける(アルファロール)」といった体罰的な矯正を試みた結果、犬を極度のパニックに陥らせ、取り返しのつかない大事故へ発展する事例が後を絶ちません。
通常の噛み癖と激怒症には、行動プロセスにおいて明確な境界線が存在します。通常の攻撃行動には、必ず「資源を守りたい(フードガード)」「痛む場所を触られた」「恐怖を感じた」という明確な動機(トリガー)が存在し、行動の前には唸り声を上げる、鼻の上にシワを寄せる、身体を硬直させるといった段階的な警告シグナルが発せられます。しかし、激怒症候群による突発性攻撃行動には、人間側の観察可能な動機が存在せず、警告のステップが完全に抜け落ちたまま最大威力の咬傷へと直結します。
激怒症が「しつけでは絶対に治らない」とされる根本的な理由は、問題が学習やマナーの領域ではなく、脳機能の異常という内科的・神経学的障害に起因しているためです。壊れたブレーキを持つ車に対して運転マナーを説いても事故を防げないのと同様に、脳内で異常興奮の嵐が吹き荒れている犬に対して、訓練や叱責は一切の抑止力になり得ません。