「抗生物質を飲んだ母乳を赤ちゃんが口にすると、成長や脳に深刻なダメージが残るのではないか」という懸念は、ネット上の掲示板やSNSで根強く囁かれています。結論から言えば、臨床現場で母親に対して日常的に処方される一般的な抗生物質が、赤ちゃんの健康に取り返しのつかない重篤な被害を与える可能性は極めて低いのが医学的な事実です。
安全性を判断する客観的指標として国際的に用いられているのが、母親の体重あたり投与量に対する乳児の体重あたり摂取量の割合を示す「乳児換算投与量(RID: Relative Infant Dose)」です。世界保健機関(WHO)や米国小児科学会(AAP)の基準において、「RIDが10%未満であれば授乳を継続しても安全」と定義されています。授乳期の感染症治療で最も汎用されるセフェム系抗生物質やペニシリン系抗生物質の場合、実際のRIDは0.5%〜2%前後に過ぎません。大人が飲んだ薬効成分のうち、赤ちゃんへ届くのは文字通り「ごくごく微量」にとどまります。
移行した微量の薬剤によって赤ちゃんに現れる可能性がある兆候は、一時的な便の緩み(軟便・軽度の下痢)や機嫌のぐずつき程度です。これは抗生物質が赤ちゃんの腸内細菌叢にわずかな影響を及ぼすために生じる物理的現象であり、投薬終了とともに自然治癒します。赤ちゃんの全身状態(発熱の有無、哺乳意欲、活気)に異常がなければ、慌てて母乳を中断する必要はありません。
もし医療機関で授乳中であることを伝え忘れ、すでに抗生物質を飲んでしまったときの対処法としては、直ちに授乳を強制終了させるのではなく、処方された薬剤の正式名称(一般名)をお薬手帳で確認することが先決です。大部分の薬剤はそのまま授乳を継続して問題ないため、不安な場合は母児同室の小児科医や助産師、または専門の相談窓口へ一報を入れ、的確な指示を仰ぐのが賢明です。