戦後復興期の象徴として国民的英雄となった栃錦は、なぜ半世紀以上を経た今もなお、これほど特別な敬意をもって語り継がれているのでしょうか。その理由は、土俵上での強さだけでなく、引き際の鮮やかさと横綱としての矜持にあります。
あの歴史的な相星決戦からわずか2か月後の1960年(昭和35年)5月場所、大相撲界に激震が走ります。初日に新鋭・富樫(のちの横綱・柏戸)に敗れた栃錦は、続く2日目にも前頭・若羽黒の寄りに屈し、開幕2連敗を喫しました。その取組直後、栃錦は誰に相談することもなく、自らの意志で現役引退を決断したのです。
満35歳、まだ幕内で戦える力は十分に残っていたにもかかわらず、栃錦は「横綱が相撲に負けて土俵下に転がる姿をファンの前に晒し続けることは許されない」という美学を貫きました。当時の特番インタビューや後年の手記において、栃錦は次のような想いを明かしています。
「土俵に上がって相手の息づかいを感じた瞬間、自分の体が以前のように瞬時に反応しないことを悟った。横綱という最高位の重責は、衰えをごまかしながら全うできるものではない」
未練や執着を一切見せず、自らの限界を潔く認めてスパッと身を引いた栃錦の態度は、勝負の世界における潔さの極致として、当時の相撲ファンに強烈な感銘を与えました。権力や過去の栄光にしがみつくことなく、横綱の品格を自らの引き際で体現したことこそ、栃錦が時代を超えた「大相撲の伝説」として崇敬され続ける決定的な要因です。