なぜ多くの猫は服を着せられることを本能的に拒絶するのか。その根本的な背景には、人間と猫の身体構造および知覚システムにおける決定的な乖離が存在する。猫コスプレ嫌がる理由を紐解く上で、まず理解しなければならないのが猫特有の感覚器の仕組みだ。
猫の全身を覆う被毛の根元には、極めて高感度な触覚受容器が存在している。服を着せられると、背中や脇腹の毛が常に一定方向に押し倒される状態が続く。野生環境において、猫の背中全体に持続的な圧力がかかるシチュエーションは、捕食者に上から捕らえられた瞬間や、狭い穴に挟まって身動きが取れなくなった非常事態に他ならない。そのため、服を着せられた瞬間に「敵に拘束された」と脳が誤認し、パニックを引き起こすのである。
多くの飼い主が「うちの子はおとなしく着てくれた」と語る現象の正体も、動物行動学の視点から見れば全く異なる真実が浮かび上がる。これは医学用語で「フリージング(凍結行動)」と呼ばれるストレス反応だ。野生動物が強烈な恐怖や脱出不可能な危機に直面した際、捕食者の目を欺くために全身の筋肉を硬直させて死んだふりをする防衛機制である。瞳孔が大きく開き、耳が真横に倒れ(イカ耳)、一切身動きをとらなくなった猫は、リラックスしているどころか、生命の危機を感じて極度の緊張状態に置かれているのだ。
さらに、猫にとって毛づくろい(グルーミング)の阻害は深刻な精神的ダメージとなる。猫は1日の活動時間の30%〜40%をセルフグルーミングに費やすとされ、これによって体温調節、被毛の防水性維持、そして何より自律神経を安定させるエンドルフィンの分泌を行っている。服によってグルーミング行動を完全に遮断されることは、人間で言えば手足を縛られて呼吸を制限されるに等しいストレスを強いることと同義である。