世間が「おしどり夫婦」と信じて疑わなかった二人が、なぜ離婚という結末を選んだのか。2018年2月3日に公表された直筆サイン入りの連名ファクスには、偽りのない真実が率直に記されていました。
「2人でしっかり話し合いを続けてまいりましたが、東京と大阪でのそれぞれの生活を行き来する中で、一緒に過ごす時間や会話が少しずつ減ってしまい、家族としての未来を描くことが難しくなりました」
報道各社の取材や関係者の証言を総合すると、離婚の最大の要因は東京と大阪という約400キロの距離と、生活サイクルの絶対的な乖離にありました。清水邦広はVリーグの強豪・パナソニックパンサーズ(現・大阪ブルテオン)に所属しており、活動拠点は大阪府枚方市に固定されていました。厳格な体重管理や日々の練習、全国を転戦する過密日程をこなすトップアスリートである清水が大阪を離れることは物理的に不可能でした。
一方の中島美嘉も、アルバム制作や全国ツアー、楽曲のレコーディングなど、表現の最前線に身を置くトップシンガーとして東京を活動の本拠地としていました。中島美嘉は多忙なスケジュールの合間を縫い、月の半分近くを大阪で過ごす努力を重ねていました。新幹線で大阪へ通い、アスリートの身体を作るための食事作りに励むなど献身的に夫を支えていたものの、その負担は心身ともに限界を超えつつありました。
さらに、心理的なすれ違いを加速させたのが「お互いへの過剰な気遣い」でした。中島美嘉は以前から耳の難病である「両側耳管開放症」と闘いながら音楽活動を続けており、清水邦広もまた日本代表を背負うプレッシャーと度重なる怪我の恐怖に晒されていました。お互いが命がけで自分の職業に向き合っているからこそ、「弱音を吐いて相手の負担になりたくない」「競技や音楽に集中させてあげたい」という配慮が、皮肉にも二人の間の対話を遠ざけ、心理的な孤独を深める結果となってしまったのです。