バルセロナでの栄光の日々を経て、彼はイタリアの名門ACミランへと新天地を求めた。セリエAでも随所に天才的な閃きを見せ、スタジアムを湧かせた。全盛期の爆発的な加速力こそ影を潜めたものの、パス一本で局面を打開するゲームメイク能力は健在だった。
その後、母国ブラジルのフラメンゴやアトレチコ・ミネイロへ移籍。アトレチコ・ミネイロではコパ・リベルタドーレスを制覇し、南米王者の称号を手にした。欧州と南米のクラブ王者タイトルを双方獲得するという快挙を成し遂げ、晩年までファンタジスタとしての矜持を示し続けたのだった。