大学卒業後、高市氏は松下幸之助氏が創設した「松下政経塾」の門を叩く。ここから彼女の人生は一気に加速度を増していく。塾生としての訓練を経た後、彼女が選んだ次なる挑戦の場は、世界政治の中心地であるアメリカ・ワシントンD.C.だった。
1980年代後半、米国連邦下議のフェロー(客員研究員)として渡米した高市氏は、超党派の政策立案の現場に身を置いた。現地では英語での徹底的なディベートに揉まれ、米国のダイナミックな政治ダイナミズムを肌で学んだ。当時の関係者は、彼女が日夜膨大な資料と格闘し、アメリカ人議員たちと対等に渡り合っていた姿を記憶している。この渡米経験こそが、現在の国際感覚と政策立案能力の骨格を形作った。