大阪府知事、そして大阪市長を歴任する中で、橋下氏は地方政党「大阪維新の会」を立ち上げ、さらに国政政党である「日本維新の会」の結成へと突き進んだ。二大政党制の狭間で第3極としての存在感を高め、首都一極集中打破と道州制導入を訴える姿は、政界再編の引き金となった。
政界引退後も、彼の存在感は衰えるどころか、政治・報道業界における論客として揺るぎない地位を築いている。テレビの報道番組や討論番組において、永田町の論理に囚われないストレートな意見を叩きつける姿勢は、従来のコメンテーター像を大きく変化させた。政策の裏側に潜む政治家の意図を喝破する解説は、政治報道のあり方そのものに強いインパクトを与え続けている。