この事件で社会に最も強い衝撃を与えた要因の一つが、父親である田村修被告が精神科医であったという点です。地元病院で精神科部長を務め、地域医療に貢献していた医師が、なぜ娘の明らかな異常行動を止められず、ほう助するに至ったのでしょうか。
法廷での審理によると、修被告は長年、不登校や引きこもり、感情の激しい起伏に苦しむ瑠奈被告と向き合い続けていました。しかし、娘の暴力や自傷行為を恐れるあまり、いつしか娘の機嫌を損ねないことが家庭内の最優先事項になっていた実態が浮き彫りになりました。
凶器の購入や現場への送迎についても、修被告は公判で「娘が何をするか完全に把握していたわけではないが、逆らえば家庭が崩壊するという恐怖があった」「娘とのつながりを失いたくなかった」という趣旨の供述を行っています。専門家でありながら、自身の家庭内で起きていた極端な共依存と心理的支配から抜け出せなかった限界が、厳しい批判を浴びています。